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  • 2016-02-22

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マーケティングの現場から


【第6回】判断に影響を与えるエトセトラ 行動経済学の実践

マーケティングは学ぶものでも語るものでもなく、日々の企業活動において実践してこそ意味のあるものです。本連載では、コンサルタントとして活動する現場での事例を基に、マーケティングの思考法を紹介していきます。

柔軟な発想のために ――頭のウォーミングアップ

今回も、軽く脳のストレッチ。お気軽にどうぞ。

Q1)あるスポーツ用品店では、バットとボールがセットで1,100円です。バットはボールより1,000円高いのですが、ボールの価格はいくらでしょうか?

バットとボールのセットで1,100円

Q2) A商会に2人の新人が入社することになりました。1人は女性であることが分かっています。では、もう1人も女性である確率は何%でしょうか?

では、解答です。 
Q1は、もちろん100円…… ではなく、50円です。よく考えれば間違いようのない問題ですが、脳の知的ショートカットが誤答を招きます。ダニエル・カーネマン博士によると、ハーバードやマサチューセッツ工科大学の学生でさえ、5割以上が間違えるそうです。

Q2は、男性か女性かいずれかなので50%…… というのは早計です。2名の性別の組み合わせは4通りです。仮にAさんとBさんとした場合は以下の通りです。

2名の性別の組み合わせは4通りの図

このうち、1人は女性と分かっているので、(4)は除外されます。残る3通りの中で、もう1人も女性である確率は1/3であり、33%が正解です。

このように、与えられた条件や提示の仕方、言い回しにより、必ずしも合理的とは思えぬ判断に導かれてしまうことがあります。

まずはお試しください ――一度手に入れたものは手放し難く……

カーネマン博士らの実験の1つに、学生を2つのグループに分け、一方に大学のロゴ入りマグカップをプレゼントし、所有者と非所有者間で競売をさせ、双方の提示額を比較したものがあります。

結果は、所有者の提示価格(7.125ドル)に対し、非所有者が買おうとした額は約半分の(2.87~3.12ドル)にすぎませんでした。たった今手にしたばかりのありふれたものであっても、一度所有することで、その価値は非所有者にとっての価値の2倍にもなるということです。

eコマースにおける返品保証も、一度手にしてしまえば手放し難くなる心理から考えると、実際の返品率は極めて低いからこそ可能なのかもしれません。もっとも、品質が価格に見合ったものでなければ、たちまち返品の山となるのは必定ですが。

新聞や雑誌のお試し購読も、同様の理由で効果的です。1ヵ月無料で、解約しなければ翌月から課金するシステムなどの事例がよく見られます。継続利用が前提のサービスであれば、さまざまに応用でき、非常に効果的な手法といえるでしょう。

お好みのピッツァは? ――初期値効果

1枚480円のピッツァ生地と、1種類160円のトッピング用具材が12種類あります。

A:プレーンなピッツァ生地にお好みの具材をオーダー B:12種類の具材がのったピッツァから不要な具材を除く

実験の結果、Aの場合にトッピングした具材は、多い人で3種類でした。一方、Bのケースでは、残した具材の平均値は7種類でした。その差は歴然です。

お客様にとっても、選択肢が多いと思考停止に陥るので、あらかじめセットにして提供することは便利な面もあります。問題は価格設定と内容でしょう。

実際に自身にとって不要なものがセットに含まれていたのか、故意か不注意かは分かりませんが、セット価格の方が割高というケースも目にすることがあります。これでは信頼を失いかねません。お客様のタイプに合わせ、最適なパッケージをいくつか用意して、お得な価格で提供するのが賢いやり方でしょう。

時間や金額、対象が大きくなると ――条件次第で変化する価値

何かの褒賞として、おいしそうなケーキを1切れもらえることになりました。しかし、今食べるのを我慢して明日まで待てば、ケーキをもう1切れもらえるといいます。自己抑制力の強いあなたであれば、明日まで待てるかもしれません。しかし、このような場合、大多数の方は今食べられる1切れのケーキを選択するのです。

もし、提案が次のようなものだったらいかがでしょうか。褒賞のケーキは1ヵ月後に差し上げます。ただし、1ヵ月と1日待てば、ケーキは2切れになります。この場合、ほとんどの方は後者を選ぶでしょう。ケーキが1切れ増えるまでの時間はどちらも1日であるにもかかわらず、全く逆の選択をするのです。

もう1つの例として、駅前のA店では2,500円で売られているTシャツが、1キロ先の郊外にあるB店では1,500円で売られているとすれば、多くの方がB店まで足を延ばすことでしょう。

一方、同じA店で99,000円のスーツが、B店で98,000円だったら、わざわざ足を延ばすでしょうか。金額の差は、どちらも同じ1,000円なのですが。

期間の長さや価格の大小など、与えられた条件によってモノの価値が変化するのです。
たとえば、ブランドショップのネクタイ売り場で購入を迷っていた5,000円の商品も、10万円のスーツを購入した直後であれば、併せて購入してしまうかもしれません。

もっとも、客が筆者であれば、まずスーツ代金を5,000円値引きできないか交渉し、断られたら代わりにネクタイをサービスしてくれるよう求めるでしょう。ネクタイの販売価格は5,000円でも、仕入原価は当然それ以下です。当初の要求である5,000円の値引きより損失は小さく、しかも5,000円相当の価値を提供できるのですから、店側としても、より受け入れやすい条件となるのです。

間の効果 ――やってみなければ分からない心の動き

数値で表すことの困難な満足度や不快感を比較する、興味深い実験結果があります。

マッサージの満足度を比較するため、被験者に2種類の異なる方法で施術し、どちらにより高い満足度を得られたか、施術料としていくらが適当と思うかを質問しました。

A:180秒間連続で施術 B:80秒間施術した後20秒休憩をはさみ、再度80秒間施術

施術時間の合計はAが180秒間であるのに対し、Bは160秒間と短くなっています。にもかかわらず、ほとんどの被験者はBの場合の方が高い満足感を得ており、約2倍の施術料を妥当と考えたのです。

Aの場合は継続的な施術により心地よさに慣れてきてしまい、次第に満足度が低下したのに対し、Bの場合は中断を挟むことにより、初期の心地よさを再度呼び起こした結果、総合的な満足度が高くなったものと考えられます。

テレビショッピングやECサイトにおいて、メインの商品に加え、あれも、これもとセット品を小出しに紹介していくのも、その都度期待値や満足度を高める効果を狙ったものと考えられます。

一方、不満の度合いを行動で測るユニークな実験結果もあります。
ある作業に対して報酬を支払うのですが、支払いの際、故意に予定金額より多く手渡します。
一定条件下において、手渡された報酬額が多いという事実を申し出る人の率が変わるのか否かにより、不満度を測るものです。
A:作業内容を普通に説明 B:作業内容の説明時に説明者の携帯電話に着信があり、明らかな私用で2分間中断 C:Bの状況の後、説明者が被験者に中断したことをお詫び

Aのグループでは、手渡された報酬額が多いと申告した正直者は45%であったのに対し、Bのグループでは14%にまで低下しました。不満の意思表示は行動に現れたのです。

ところで、Cのグループでは、ほぼAのグループに近い結果でした。ささいな過ちも、見過ごせば大過を招き、ほんの少しの配慮(この場合はお詫びの言葉)により解消するという教訓です。

有料化で人が動いた!? ――500円で買ったもの

4回にわたって、行動経済学のさまざまな事例をご紹介してきましたが、最後に筆者自身の事例を1つご紹介いたしましょう。

筆者のメイン業務の1つは中小企業向けの経営改善支援ですが、かつて「初めてコンタクトする際、どのように切り出せばよいのか、いくら費用がかかるのだろうかとさまざまな不安がよぎり、敷居が高い」という声を耳にしました。高い敷居をまたいでいただいた、勇気あるクライアントの声です。

そこで、60分500円で、どんな内容でもご相談に乗りますという「ワンコイン・アドバイス」というサービスを始めたのです。文字通り、気がねなくご自身の言葉でご相談くださいというスタンスです。

すると、新規のお問い合わせ件数が急増しました。(どのくらい増加したかは企業秘密ですが、3桁のパーセンテージです!!)その上、要領を得ない(失礼!)問い合わせの電話からも解放されたのです。

実際には、お問い合わせをいただいた相談者にお会いして内容を伺うことは業務上必然のプロセスであり、それまでも無料で行ってきたことなのです。にもかかわらず、500円という値付けをしたことで、お問い合わせ件数が増加したのです。

その背景には、未知のものを不安に思う心理が働き、無料と言われても「ただほど高いものはない」の例えのごとく何か裏があるのではと、あらぬ勘繰りをされていたことがあったのかもしれません。

そこに500円という価格が明示されたことで、かえって不安が払拭されたのです。いわば、500円で安心を買ったといえましょう。手前みそながら、行動経済学を応用した成功事例の1つです。

行動経済学は実践しながら明らかにしていく行動原理であり、実ビジネスに応用しやすい事例が多数報告されています。ぜひ、積極的に活用してみてください。


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