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  • 2016-02-16

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マーケティングの現場から


【第5回】行動に影響を与えるひと工夫 行動経済学の実践

マーケティングは学ぶものでも語るものでもなく、日々の企業活動において実践してこそ意味のあるものです。本連載では、コンサルタントとして活動する現場での事例を基に、マーケティングの思考法を紹介していきます。

柔軟な発想のために ――頭のウォーミングアップ

今回も、軽く脳のストレッチ。この質問に正解はありませんので、あなたならどちらを選ぶか、直感的にお答えください。

Q1)10万円の家電製品を購入しましたが、この製品の故障率は10%です。5,000円の保険料を支払えば、故障の際無料で修理してもらえます。あなたは、この保険に加入しますか?

A:加入する B:加入しない

Q2)次の2つの選択肢のうち、あなたはどちらを選びますか?

A:100%の確率で5,000円を失う B:10%の確率で10万円を失うが、90%の確率で何も失わない

実は、Q1とQ2は同じ内容です。5,000円の保険料を支払うことは、100%の確率で5,000円を失うことと等しいのです。一方、保険に加入しなければ、10%の確率で製品が故障するので、購入代金である10万円の損失となります。

にもかかわらず、一般にQ1のケースでは多くの方がAの「保険に加入する」を、Q2に対してはBの「90%の確率で何も失わない」を選択します。これには、損失回避の心理が影響しています。

Q1のケースでは、故障によって損失を被るより、保険に加入してリスクを回避したいという意識が強く働きます。一方、Q2のケースでは、わずか10%の損失発生率のために、5,000円の損失が確定してしまうことを嫌うものと考えられます。

このように、表現や比較、提案方法など、さまざまな要因が人の行動に影響を与える事例は多々あります。行動経済学の研究事例に基づき、具体的な応用例を考察してまいりましょう。

こんなはずでは…… ――道徳的インセンティブでは人は動かない

ある保育園では、親の迎え時間の遅れが問題となっており、対応策として遅刻時間に応じて数百円の罰金を科すことにしました。その結果、迎え時間を遅刻する親は減少するどころか、かえって増加してしまいました。

理由は3つ。第一に、罰金にしては安過ぎたため、抑止効果が機能しなかったこと。第二に、親たちが、むしろ罰金を支払うことで“正当に”遅刻できると認識してしまったこと。そして第三に、他の親たちも同じようにやっているという意識が生まれたこと。
この3つ要因によって、遅刻が助長される結果となりました。

同様の例は、公共サービスのメッセージにも見られます。「公園内の草木をとらないでください」「ここにゴミを投棄しないでください」「ここに駐輪する人が迷惑しています」などと訴える道徳的インセンティブには、むしろ他の皆もやっているのだから自分も、という負の効果をもたらしてしまうケースが多々あります。

メッセージとは、相手にとって心が動かされるようなものでなければなりません。そこで初めて、人は行動を起こすのです。

たとえば、省エネ家電製品。「節電効果で1ヵ月当たり1,000円節約できます」より、「今のままでは年間12,000円も損をしています」というメッセージの方が心を動かされるでしょう。得をするより損をすることの方が重く受け止められるのですから。これに、「省エネ家電で人気ナンバー1」というメッセージが加われば、効果てきめんです。

その上、環境にも優しいとなれば、心の負担も軽くなるからです。ただし、これはあくまでも付け足しであり、お客様に“購買すべき正当な(道徳的な)理由”を提供しているにすぎないのです。

人には流されない、と言いながら ――群集心理の影響力

ロバート・チャルディーニ博士の実験に次のようなものがあります。
目的は、家庭での消費電力の削減です。第一段階は電話による聞き取り調査で、省エネに取り組むべき理由として、4つの項目に重要度の順位を付けてもらった結果が以下の通りです。

(1)環境保護になる(道徳的インセンティブ)
(2)社会のためになる(社会的インセンティブ)
(3)お金の節約になる(金銭的インセンティブ)
(4)多くの人がやっている(群集心理インセンティブ)

環境保護が最も重要であり、他の人がやっているか否かは大きな問題ではないという結果です。

次に、域内住戸の玄関ドアのノブに、ランダムに下記の5種類のメッセージカードを下げていきました。1つは「エネルギーを節約しましょう」という漠然としたもの。残る4種類は、事前のヒアリングの際の項目に合わせた内容です。

(1)省エネで環境を守りましょう(道徳的インセンティブ)
(2)未来の世代のために省エネに取り組みましょう(社会的インセンティブ)
(3)省エネでお金を節約しましょう(金銭的インセンティブ)
(4)ご近所の皆さんと省エネを進めましょう(群集心理インセンティブ)

先の調査結果に基づいて行動するのであれば、削減効果は上記の順になるはずです。
ところが、実際の使用電力量を計測して削減効果を確認したところ、事前の聞き取り調査で最も順位の低かった(4)群集心理インセンティブのメッセージカードを下げた家庭がダントツ1位で、他の4種類を圧倒したのです。

「ご近所の皆さんもやっている◯◯」「有名なあの人も使っている◯◯」、よく見かけませんか? 頭では道徳的インセンティブを理解し、口先でもそれを言いつつ、実際の行動を促す要因としては圧倒的に群集心理が支配しているのです。

小学生の娘を持つわが家に、某通信教育会社から届くダイレクトメールには、近隣の小学校の名前が刷り込まれ、「この学校に通う児童の××%が受講しています」と印刷されています。

わが子が取り残されてはなるまい、という親の群集心理に訴えた典型例といえましょう。筆者はその数字を見て、そんなにも乗せられている親がいるのかと、その影響力の大きさに驚いたのですが……。

労働意欲を高めるためには ――お金か、食事か、それとも……

ある工場の勤務形態は、4日間働いて4日間休むというものでした。この工場では、4日続けて働く場合、その初日の成果に応じて、最も作業効率の高いチームに特別報酬を支給するというインセンティブ方式をとっていました。

そこで、与えられ褒賞の内容によって、作業意欲がどの程度変化するかを実験しました。与えられた褒賞は次の3種類です。

(1)1,000円の現金
(2)1,000円相当の食事券
(3)上司からのねぎらいの言葉

実験の結果、初日はいずれのチームも作業効率レベルはほぼ同じでした。しかし、褒賞支給後である2日目以降からは変化が現れはじめました。

褒賞を現金で受け取ったチームの作業効率が著しく低下したのに引き換え、労いの言葉を受けただけのチームはほとんど作業効率が落ちませんでした。食事券のチームは、現金に近い結果となりました。

罰金同様、善かれと思った施策が裏目に出ることがあるのです。このケースの場合は、そもそも4日間勤務の初日の成果に対してインセンティブを与えるという方式自体を見直す必要がありそうですが、言葉の影響力がこれほど大きいのであれば、うまく組み合わせて、より実効あるインセンティブ・プランを立てられるでしょう。

成果報酬でいえば、優れた成績の個人に与えた場合より、チームに与えた場合の方が、その後、より大きな貢献をもたらすという実験結果もあります。これもプランを立てる上で参考になりそうですね。

財布のヒモのゆるめ方!? ――ポイントは別の財布

飲食店や小売店、航空会社に娯楽施設など、誰しも何枚かのポイントカードをお待ちだと思います。また、カードはなくともネット上でポイントをためている方も多いでしょう。

現金の1円玉には見向きもしなくとも、同等価値のポイントには大きな意味を感じることがあるものです。

たとえばあと数ポイントでランクが上がるとか、狙っていた賞品がもらえるといった場合です。ポイントが持つゲーム性が遊び心を刺激し、目標ポイントを獲得せんがため、本来必要のなかったものまで購入してしまった経験はありませんか?

また、ポイントの有効期限が迫っていたため、さらに不足分を現金で支払って余分な買い物をしてしまうケースもあるでしょう。ポイントカードは、本来自分が持っている財布とは別の、もう1つの財布とも例えられ、通常では考えられないような購買行動を促します。

ポイント自体があたかも金銭と同様のインセンティブとなり、獲得する喜びとともに、失効した場合にはそれに倍する失望感を味わうことになるのです。

一定量たまったポイントは臨時収入と認識され、非日常の消費を楽しんだり、商品やサービスのグレードアップに使われたりしやすいのです。ポイント提供者にしてみれば、与えた種からネギを育て、それをくわえて戻って来たカモということになるのかもしれません。

クレジットカードもまた、購買時点での支払いが発生しないので、別の財布といえます。ということは、クレジットカードのポイントシステムは最強のツールとなるでしょう。

ポイントシステムはまた、今やトレンドとなりつつあるオムニチャネル展開においても、重要な機能を果たすことでしょう。

さらに、購買データを分析すれば、精緻なマーケティング戦略も立てられるのですから、一石二鳥にも三鳥にもなるのです。

もちろん、ユーザーサイドも楽しみながらお得感を味わえるのですから、その意味では歓迎すべきサービスです。価値を高めるべく工夫して、大いに活用したいものです。

人の心理や行動様式を考慮しながら仕組みを考えれば、相手の行動を促すことができます。
何が有効で、何が有効でないか、その差はほんのわずかな工夫にすぎないのです。


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